著者:柴崎友香 / 出版社:医学書院 / A5判 /304P / ソフトカバー
「『この私』としてしか世界を経験できないからこそ、この私ではない誰かの経験した世界を知りたいと思うこと。小説にしてもこの本にしても、根本にあるのはその感覚だ」
作家の柴崎友香はADHDの診断を受け、眠気や時間感覚、運動感覚など、自身の内側にある複数の感触を言葉に起こしました。そのなかには一般的にADHDの症状と言われることに近しい知覚もあれば、当然距離のある知覚もある。本来的には個人に固有であっていいはずの体験を書き重ね、昨今流布される短絡的な言説や社会的に構築されたADHDイメージのもとではなかったことにされる、あるいは過度に強調される世界の断片を適切な声量で紙上に浮かび上がらせます。
恐らくADHDというテーマにもまして、他者には原理的に経験不可能な自身の体験をいかに伝えるかに重きが置かれた、文学的な野心に溢れる当事者エッセイ。医学書院のシリーズ「ケアをひらく」の相変わらずのリーダビリティと射程の広さにも脱帽です。